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東京高等裁判所 平成6年(行コ)96号 判決 1997年7月15日

控訴人

学校法人帝京大学

右代表者理事

冲永荘一

右訴訟代理人弁護士

萩原平

後藤邦春

横堀晃夫

右訴訟復代理人弁護士

田中永司

被控訴人

栃木県知事

渡辺文雄

右訴訟代理人弁護士

佐藤貞夫

平野浩視

右指定代理人

関卓司

外四名

被控訴人参加人

西房美

右訴訟代理人弁護士

三宅弘

杉山真一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が栃木県公文書の開示に関する条例に基づき平成二年一〇月一九日付けでした原判決別紙目録記載の文書を開示するとの決定を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人及び同参加人(以下「参加人」という。)

主文同旨

第二  本件事案の概要は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決八枚目裏七行目の末尾に、「このように、本件条例六条二号にいう「当該法人等(中略)に不利益を与えることが明らかであると認められるもの」とは、開示されることにより、当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあると客観的に認められる情報を指称するものであるが、その「競争上の地位」とは、学校法人についていえば、他の学校法人との競争関係において占める優位あるいは他の学校法人に劣後しない立場を意味し、右条例の規定により、それ自体一個の法益として保護されるものである。ところで、そのような競争上の地位は、何よりも、当該法人の業務運営によりその設置する学校における教育、研究の成果、業績が向上することによって支えられるものであり、これら教育、研究の成果、業績は、当該法人の信用、名誉等の社会的評価を高からしめる場合が少なくない。また、学校法人の業務の運営は、経営者の一定の教育理念に裏打ちされた運営方針に立ち、独自の経営手法を駆使して行われる場合に、よくその効果を収めることができる。そして、右に述べた信用、名誉等の社会的評価は、「競争上の地位」と並んで本件条例の規定が含意する「正当な利益」と観念することができるし、また、学校法人の運営方針や経営手法も、それが公開されることによって当該法人の競争上の地位を劣化させるような種類、内容のものは、業務上の秘密として保護すべき「正当な利益」に当たると考えるのが相当である。」を加える。

二  同九枚目表二行目の「文書で」を「文書である。学校法人の資金収支計算書、消費収支計算書、貸借対照表等の財務関係書類は、学校法人が前記の競争上の地位を保持するために講じる諸施策の策定遂行に当たり依拠する経営方針とこれを支える財政的基礎を表示し、併せて、諸施策実施の状況をも財務面から明確にする情報を記載した文書として意義を有するものである。したがって、本件文書は」と改める。

三  同一二枚目表九行目の「る。」の次に、「首都圏私立大学五一校についての経理計算書類調査結果(丙四)によっても、指針に示された資金収支計算書、消費収支計算書、貸借対照表の三点全部のうち、いずれかを開示していない大学は、相当数(一七校)に上るのである。また、開示している大学においても、大学の経理の透明性を高めるという面から開示しているのではなく、学生からの授業料を増額するために学生やその保護者等に納得してもらうためといった当該大学の事情に応じ、開示することのメリットとデメリットを秤にかけて、開示することに、よりメリットがあると考えた結果、開示しているに過ぎず、また、開示する場合にも前記三点全部ではなく、その一部のみ開示している大学もある。したがって、開示していない大学が「競争上不利益を被る」として経理情報の開示に踏み切らないことを、簡単に「主観的な判断」に基づくものであると断定することはできない。すなわち、各大学の経営のあり方に関する具体的内容の差異を検討することなく、前記指針や開示校が多いという実状だけを根拠に、不開示校の利益を「客観的でない」として切り捨てることは許されない。」を加える。

四  控訴人の当審における新たな主張(本件開示請求が権利の濫用であること)

1  本件開示請求も本件条例に基づくものであり、しかも、一方には、文書の開示によって不利益を受ける者がいるのであるから、その開示請求は、誠実なものでなければならない。

条例が存在する以上、誰でも何でも、どんな目的・動機を持っていても請求が許されるというものであってはいけない。

その目的・動機等によっては、権利の濫用として、あるいは権利濫用類似の根拠により、その開示請求が許されないといわなければならない。

2  参加人の本件開示請求の動機は、乙三によれば、そもそも控訴人の財政が潤沢であるのに、県民の税金から本件補助金が交付されるのは、不当であるというにある。しかも、控訴人は、元文部事務次官高石が理事長を務める生涯学習振興財団に対して、八億円の寄付をした学校法人であるという点を根拠に本件開示請求をしている。

3  参加人の右開示請求の背景には、大学の経理は公開すべきであるとか、冗金のある控訴人には本件補助金を交付すべきではないとか、補助金を交付するについて控訴人の財務資料を収集していないではないか等の考えがあるものと解される。そして、その根拠にあるのは、参加人には「知る権利」があるという主張である。

4  突き詰めれば、単に、請求権があるからというに過ぎない。そして、その権利行使の態様をみると、控訴人の情報のみの開示請求をしていること、その異議申立書等に窺われる前記のような請求目的、動機、それ以外に明確に納得できる請求目的がないこと、また、その後のマスコミを通じた活動の内容、更にはその長男が同様の開示請求をするに至っていること等に照らし、そもそも本件開示請求は、権利の濫用にわたるものと解される。そして、許されない開示請求に対してされた本件処分は、違法として取り消されなければならない。

5  控訴人としては、控訴人に係る情報が右のような理解と認識の下に開示請求されることはとうてい容認することはできない。

五  控訴人の右主張に対する被控訴人の認否

1  控訴人の右主張は争う。

2  本件条例は、一条において「県民の公文書の公開を求める権利を明らかに」し、三条前段において、原則公開の基本理念を表しており、ただ「公文書の開示をすることにより、県民の基本的人権が侵害されたり、公益が損なわれるというようなことがあってはならないため」、六条において原則公開の例外として適用除外事項を定めているのである。

3  したがって、公開・非公開の決定は、請求に係る情報が非公開条項に該当するか否かによって、判断されるべきものであり、請求目的の如何によって公開の是非を決めることはできないというべきであって、控訴人のいう請求目的による権利濫用の主張は失当である。

第三  当裁判所の判断

一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は、理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二五枚目表六行目の「解され」を「解されるところ」と、同二七枚目裏二行目の「具体的」を「客観的」と、同行の「客観的」を「合理的」と、それぞれ改める。

2  同二八枚目表七行目の末尾に「なお、本件条例三条は、「個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公開されることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定しているが、その一方で、同条で「県民の公文書の開示を求める権利が十分に保障されるようこの条例を解釈し、運用するものとする。」と規定し、公文書の開示を原則としているから、非公開事由としての不利益情報も、通常他人に知られたくない情報というだけでは足りず、当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害することが客観的に明らかである場合に限られると解するのが、本件条例制定の趣旨、目的に合致するというべきである。そして、そのように解したとしても、それによって当該法人等の利益が不当に害されるとは直ちにいえないと解される。」を、同裏一行目の「であるところ、」の次に「これは」を、同三〇枚目裏一行目の「会計基準」の次に「に」を、それぞれ加える。

3  同三一枚目裏九行目の末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

「そして、本件文書において、右大科目部分として挙げられているのは、資金収支計算書においては、収入の部で、学生生徒等納付金収入、手数料収入、寄付金収入、補助金収入、資産運用収入、資産売却収入、事業収入、雑収入、借入金等収入、前受金収入、その他の収入、資金収入調整勘定、前年度繰越支払資金、支出の部で、人件費支出、教育研究経費支出、管理経費支出、借入金等利息支出、借入金等返済支出、施設関係支出、設備関係支出、資産運用支出、その他の支出、資金支出調整勘定、次年度繰越支払資金であり、消費収支計算書においては、消費収入の部で、学生生徒等納付金、手数料、寄付金、補助金、資産運用収入、資産売却差額、事業収入、雑収入、消費支出の部で、借入金等利息、資産処分差額、人件費、教育研究経費、管理経費であり、貸借対照表においては、資産の部で、固定資産、流動資産、負債の部で、固定負債、流動負債、基本金の部で、基本金、消費収支差額の部で、翌年度繰越消費収入超過額である(甲一三)。

ところで、証拠(甲八ないし一〇、一二、一四、一六、三五、三六、四一、乙八、当審証人加藤三郎)によれば、財務関係書類の分析を行うことで、学校の経営実態を数字によりかなり明確に把握することが可能であること、そして、その把握される内容も、財務内容(財産の状況、支払能力、信用能力)及び収益力(収入及び支出の実態)を分析し、更にはこれらの分析結果を文部省等が公表している統計結果と比較することで他の学校との差異優劣が判明すること、このような財務分析は、財務関係書類の記載が大科目のみであっても、十分可能であり、学校の経営実態を把握し得る点では小科目をも対象にした場合と大差がないと考えられること、財務分析のうち、財務比率を検討することにより、たとえば、貸借対照表からは、自己資金は充実されているか、長期資金で固定資金は賄われているか、資産構成はどうなっているか、負債に備える資産が蓄積されているか、負債の割合はどうなっているかなどが評価でき、消費収支計算書からは、経営状況はどうか、収入構成はどうなっているか、支出構成は適切であるか、収入と支出のバランスはとれているかなどが評価できること、本件文書の大科目の金額が明らかになることにより、控訴人の経営規模、資産運用規模等が判明すること、経常的収入と経常的支出のバランスにより、控訴人の経営内容の良否が判断できること、大科目のみであっても、学生生徒等納付金収入等の不足分を補う方策、人件費にどれだけ費用をかけているか、教育研究経費や管理経費にどれだけの支出をしているかなどを分析することにより、各大学の経営方針等が窺われることが認められる。

しかしながら、財務比率の評価には限界があることは前記認定のとおりであり、また、財務分析においては、標準比率の比較によって、分析対象の学校法人の経営に対する評価はおおよその判断として得ることができるが、そこで用いられる標準数値がいくつかの法人の平均数値であり、それが望ましい経営に比してどの程度の状況を示しているかが明らかにされていないので、経営の絶対的判断はできない。したがって、学校法人の外部者が現行の会計基準を前提とする計算書類の財務分析を行ったとしても、正確かつ細部にまでわたる判断は作成者から詳細な説明を受けない限り困難であり、その学校法人のおおよその姿しか伺い知ることができない(乙八)。

また、財務関係書類を大科目の記載によって分析することによって、前記のとおり、当該学校法人の経営規模、資産運用規模、収支バランス、大科目の記載の範囲での経営方針の方向性等は把握できるとしても、このような経営方針に基づいて、具体的に、どのような点に重点をおいて、どのような経営方法で経営がされているか(この点に、経営上の秘密やノウハウが大きく関係してくるといえる。)を知るためには、大科目のみでは不十分というべきであり、更に小科目(丙八参照、なお、大科目は会計基準の限定列挙科目に限られており、各学校法人とも統一的に表示することが要請されるが、小科目については、細分化ないし追加は学校法人の任意である。―丙八)をも検討しなければ容易に判明するとはいいがたいところである(たとえば、大科目の事業収入についても、小科目の補助活動収入、付属事業収入、受託事業収入、収益事業収入等が分かって、初めて事業収入の具体的な実態が明らかになるというべきであるし、大科目の人件費についても、小科目の教員人件費、職員人件費、役員報酬等が判明しなければ、その特色を十分把握できるとは必ずしもいえない。)。

したがって、本件文書に記載されている大科目レベルの数値が開示されることにより、控訴人の経理内容、経営方針のおおよその姿が前記のような程度の範囲で判明するとしても、それのみによって、控訴人独自の経営上の秘密やノウハウが具体的に判明するとはにわかに断じがたいところである。」

4  同三二枚目裏一〇行目の「考えることもでき」の次に「(指針は、このような財務情報を開示すれば、前記の程度の経営内容の把握、財務分析が可能であることは当然予想しているものと考えられる。)」を加える。

5  同三三枚目表二行目の「いわば」から同三行目末尾までを「綱領の精神を実現するために、学校法人としては、そのような不利益を甘受すべきものであるとの判断を前提に、指針を定めたものと考えることができる。」と改める。

6  同三行目の末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

また、平成七年六月に総務庁行政監察局が作成した「高等教育に関する行政監察結果報告書」(丙一〇)によれば、同報告書では、学校法人は、私立学校法に基づき所轄庁(大学等の場合は文部大臣)の認可を受けて設立され、また、多くの学校法人は国から多額の補助を受けており、極めて公共性・公益性の高い法人であることから、財務関係の書類を積極的に公開することが必要と認められるとし、文部省に対し、学校法人の会計経理の透明性を確保する観点から、学生の保護者等を含めた関係者に対し財務関係の書類を積極的に公開するよう学校法人を指導することを提言していることが認められる。ここには、学校法人が極めて公共性・公益性の高い法人であるとの認識から、それを指導する行政の立場からも、その会計経理の透明性を確保するため、財務関係の書類を積極的に公開することが公益に合致するとの認識が示されていると認められ、それは、学校法人の財務関係書類をすべて秘匿することが必ずしも正当な利益であるとはいえないとの認識も含んでいるというべきである。」

7  同三四枚目裏二行目の末尾に「また、控訴人は、前記経理情報を開示している学校法人においても、大学の経理の透明性を高めるという面から開示しているのではなく、当該大学の事情に応じ、開示することのメリットとデメリットを秤にかけて、開示することに、よりメリットがあると考えた結果、開示しているに過ぎず、また、開示する場合にも前記資金収支計算書、消費収支計算書、貸借対照表の三点全部ではなく、その一部のみ開示している大学もある、したがって、開示していない大学が「競争上不利益を被る」として経理情報の開示に踏み切らないことを、簡単に「主観的な判断」に基づくものであると断定することはできないと主張する。確かに、右のような経理情報を開示する際には、それによる利害得失について種々の観点からの検討がされることは当然であるが、その際に、前記のような綱領及び指針の趣旨が考慮されていないとは考え難く、前記のような多くの大学において、継続して経理情報が開示されていることは、前記経理公開の精神が尊重され、これが是とされていると推測することができる。そして、開示している大学の中には、その一部しか開示していない大学もあるとしても、それによって、前記のような判断を左右するものともいえない。」を加える。

8  同三五枚目表七行目の「客観的な」を「正確かつ細部にまでわたる」と、同三六枚目表一一行目の「二」を「三」と、それぞれ改める。

9  同三七枚目裏二行目の「具体的」を「客観的」に、同三行目の「客観的」を「合理的」に、それぞれ改める。

10  同三八枚目裏四行目の末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

「4 なお、控訴人は、栃木県が、控訴人に対し、本件補助金交付申請書及び添付書類を提出させるに当たり、本件条例の存在と本件文書程度の経理文書が公開される可能性のあることを説明すべきであったのに、それを怠り、何らの説明もせず、そのため、控訴人は栃木県から命じられるままに本件文書等を提出したのであるから、公開されれば控訴人の不利益となる本件文書が控訴人の意思に反して公開されることは、控訴人に対する重大な信義則違反であると主張する。

しかしながら、本件条例は、昭和六一年三月三一日に制定・公布され、同年一〇月一日から施行されたものである(甲一)。一方、控訴人は、昭和六一年五月に、栃木県に本件補助金の交付の要望をし、平成元年三月一四日付けで、本件補助金交付に必要な書類として、栃木県が添付を義務づけた文書を添付して本件補助金のうち昭和六三年度分四億円の交付申請をし、その際の添付書類の中に本件文書が含まれていたことは、前記認定のとおりである。このように、本件文書は、本件補助金の交付のために必要な書類として栃木県に提出されたものであり、その際に、本件文書を公にしないとの約束がされたことは本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。そして、このような場合に、栃木県が控訴人に対し、進んで本件条例の存在を説明すべき義務があるとは到底いえないから、栃木県に控訴人に対する重大な信義則違反があるとは認めがたい。

よって、控訴人の右主張は採用できない。」

11  控訴人の当審における新たな主張について

(一) 控訴人は、参加人の本件開示請求は、権利の濫用であると主張する。

(二) 本件条例一条は、「県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政への参加を推進し、もって一層公正で開かれた県政の実現に寄与することを目的」として、本件開示請求権を同条例五条一項に掲げた請求権者に認めているのであるから、右請求権者の本件条例に基づく開示請求は、右のような目的の下にされるべきものである。しかし、控訴人の主張するような目的を参加人が有していたとしても、本件条例の掲げる目的に直ちに反するものとはいえないというべきであるから、参加人が控訴人主張のような目的を有していたとしても、当然に権利の濫用に該当するとはいえない。特に本件において開示を請求された文書は、前記認定のとおり、栃木県が行った補助金交付に際して提出された書類であり、栃木県が、どのような資料に基づきどのような団体に補助金を交付したかは同県民の正当な関心事であるから、右文書の開示を請求することが権利の濫用になるとは到底いえないというべきである。なお、本件条例四条に規定するとおり、情報の開示を受けた者はこれを適正に利用すべきものであり、その利用方法いかんによっては、開示された情報を利用することが権利の濫用になる場合もあり得るが、それは別個の問題である。

(三) よって、控訴人の右主張は採用できない。

二  以上のとおり、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官山﨑健二 裁判官彦坂孝孔)

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